INICIAR SESIÓN歩く度に揺れる長い髪は白銀にきらめき、
だが、美しさの中にも愛らしさもあり、まるで物語の世界から妖精が迷い出てきたのではないかと錯覚しそうだ。
(この子が侯爵令嬢ウェルシェ・グロラッハね)
オルメリアは本能的に理解した。
「ねっ、ねっ、すっごく可愛いでしょ!」
「ええ、噂通り……いえ、それ以上ね」
(ため息が漏れ出るほどとはこのことだわ)
とても同じ人間とは思えない絶世の美少女。
いや、本当は精巧に作られた人形なのでは?
誰かが芸術的な
ウェルシェの現実離れした美貌を前に、オルメリアはそんなあり得ない思考に囚われた。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
だが、淀み無い動作でドレスの裾を摘み軽く膝を折って礼をする優雅な所作は明らかに生身のもの。
「グロラッハ侯爵家の長女ウェルシェにございます」
それは、ふわりと浮かべた笑顔を見れば疑いようがない。これほどに美しく自然な微笑を人造で作れるものではない。
続いて同道してきた人の良さそうなシキン伯爵夫人も挨拶をした。だが、これほど見事な所作を披露する少女に、果たして付添人が必要だったのかオルメリアは疑問に感じた。
「二人ともよくいらしてくれたわね」
「ふふふ、ウェルシェさんはこっちの席よ」
今回は側妃エレオノーラとの親睦と周囲への仲良しアピールが目的でもある。だからこそ本来なら夫人しか招待しない茶会に
その一環でウェルシェを自分達と同席させた。
だが、グロラッハ侯爵家という高位の者ではあっても、ウェルシェはまだ一令嬢でしかない。社交界で名を知られた夫人達の中で、王妃と同席するのは少々酷ではないかとオルメリアにも危惧はあった。
「王妃殿下ならびにエレオノーラ様と陪席させていただく栄誉に預かり恐悦至極に存じます」
そんなオルメリアの心配をよそに、ウェルシェは挨拶をして臆した様子も見せずに流れるように椅子に座った。
その彼女の一挙手一投足に夫人達の注目が集まる。オルメリアもウェルシェをつぶさに観察していたが、手先の所作から全てがとても優美で見惚れてしまった。
(とてもオーウェンやエーリックと同年代とは思えないくらい自然体だわ)
礼儀作法を卒なくこなす貴族子女は少なくない。オーウェンやエーリックだって、王族として鍛えられており完璧だ。
だが、それを目上の者が注目する中で気負った様子を微塵も見せずに披露するのは並大抵の胆力ではない。
(触れれば消えてしまいそうな弱々しい令嬢と聞いていたけれど)
オルメリアは何となく違和感を覚えた。
確かにとても儚げな少女だ。少し頼りなさげで、だからそれが逆に庇護欲を駆り立てる。
だが、来場した時の圧倒的な存在感と言い、王妃である自分にも動じる事のない豪胆さと言い、受ける印象がどうにもちぐはぐだ。
(どうやら外見に惑わされたら痛い目を見そうね)
オルメリアの本能がウェルシェを警戒すべき人物と告げている。
王妃として君臨してきたオルメリアには、ウェルシェが獰猛な肉食獣のような、気を許せばあっという間にとって食われる恐ろしい化け物に見えた。
「ふふ、とても可愛らしいお嬢様ね」
「学園では色んな殿方に言い寄られているそうよ」
オルメリアの耳に棘を含む会話が入ってきた。
席を配置したのはオルメリアである。確認するまでもなく誰の会話かすぐに分かった。
(セギュル侯爵夫人の派閥ね)
セギュル侯爵夫人ケイト――オーウェンが自分で勝手に側近として選出した側近の1人、ケヴィン・セギュルの母である。
オルメリア個人としては好ましくない人物であったが、政治力学的均衡の為に招待したのである。だが、早くもオルメリアは後悔し始めていた。
「学園へは殿方を漁りに行かれているのかしら」
「あらあら、純情そうな顔をして随分とはしたないのね」
「もう少し慎みを持って欲しいわ」
ケイトは自分を王妃派と自認している節があり、側妃エレオノーラやエーリックに対し攻撃的なのである。
明らかに聞こえる声でウェルシェを陰湿に中傷しているのはエレオノーラへの牽制であろう。
もっとも、エレオノーラとの関係を良好に保とうと腐心しているオルメリアにとって余計なお世話なのだ。だが、ケイトはそれを理解出来ず勝手に忖度して引っ掻き回している。
「くすくす、学生生活を謳歌していらっしゃるようね」
「まあ、それではエーリック殿下も気が気ではないでしょう」
ケイト達の口撃にエレオノーラが青くなってウェルシェの顔を窺っている。ウェルシェが泣き出さないか心配になったようだ。
これくらいの嫌味は社交場では珍しくないが、通常ならデビュタント前の令嬢にはきつい洗礼である。
だが、オルメリアは見た。
誰もがため息を漏らし見惚れるような美しく幻想的な微笑みだったが、オルメリアには壮絶な魔王の嘲笑としか思えなかった。
「やっぱりゲーム通りに進行しちゃうのね」イーリヤの顔は暗い。「オーウェンとの婚約も回避できなかったし、なるべく学園には近づかないようにしてたんだけどなぁ」イーリヤは元日本人の転生者である。魔術のある世界に転生したと知ったイーリヤは喜び勇んだ。前世でも頑張り屋の優等生だった彼女は、絶対すごい魔術師になってやると情熱を注いで、幼少期から猛特訓を重ねたものである。もちろん公爵令嬢に生まれた以上その責務も忘れていない。勉学や貴族のマナー、その他できる事はなんでもやった。更には商会を設立してニルゲ公爵家の財政にも寄与した。イーリヤ自身にもちょっとやり過ぎた感がないでもない。「だけど、この身体って凄いスペック高いからやればやるだけ伸びるんで面白かったのよねぇ」努力すれば結果が返ってくるのは楽しいものだ。「それに前世ではこれからって時に死んじゃったから、采配を振るえるのが嬉しかったし」大手に内定決まって未来に大きな夢を抱いていた時に、痴情のもつれに巻き込まれて死んでしまった。その無念を晴らすようにがむしゃらに頑張ったのだ。痴情のもつれと言っても、イーリヤとは全くの無関係である。姫と持ち上げられてサークルクラッシャーしていた知人が取り巻きに襲われたところに居合わせて巻き込まれたのだ。「だけど、やり過ぎたせいで、あんな事になるなんて」頭痛でもするかのようにイーリヤはこめかみを押さえて嘆く。イーリヤの能力が注目され、王家から第一王子オーウェンとの婚約が打診されたのだ。その時になってここが乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』の世界と知ったのである。&nb
ケヴィンの件が片付き、晴れ晴れとした気分で学園にウェルシェは登校した。「ご機嫌よう、ウェルシェ・グロラッハ様」そこで彼女を待っていたのは、普段は校内で見かけない美女であった。イーリヤ・ニルゲ公爵令嬢――黒い髪に赤い瞳、精巧な人形のように整った顔、女は嫉視し男は見惚れる起伏のあるプロポーション。一度その姿を目にすれば絶対に忘れられない絶世の美女。オーウェンのテコ入れの為にもウェルシェも近いうちに接触をしようと思っていた相手だ。(これは好都合ね)ウェルシェは内心でにんまり笑った。イーリヤは格上の相手だけに、どう接触しようか思案していたところなので、手間が省けた。「これはイーリヤ・ニルゲ様、ご挨拶痛み入ります」「将来は姉妹になるのだしイーリヤで良いわ」「では、私のこともウェルシェとお呼びくださいませ」しかも、望外にも名前を呼ぶ許可まで貰えた。これで今後は接触がしやすくなる。「本当はもっと早くにあなたと会いたかったのだけど……」「あなた様はとてもお忙しい身。取るに足りぬ私などをお気に留めていただけただけでも光栄でございますわ」イーリヤはふっと笑みを零した。見惚れるほどの妖艶な美しさだ。「ウェルシェが取るに足りなかったら、この学園のほぼ全員がつまらない人間になってしまうわ」「まさか……私のような非才の身など……」「謙遜も過ぎれば嫌味よ」(いやいや、公爵令嬢でありながら文武両道、魔力量甚大、努力の人で商才まである絶世の美女相手に何をど
――ガッシャーーーンッ!!!茶器が床に叩きつけられ、無残に砕けて散った。この部屋の主が大事にしていたオーダーメイドの高級品だったのだが。もっとも、金の模様が過多でなんとも品がない。「キャッ!?」間近に控えていた侍女が短い悲鳴を上げた。これまた高級そうだが派手な色合いでけばけばしい絨毯の上に飛散する茶器を前に彼女は震えた。「ケヴィンがいったい何をしたって言うのよ!」この部屋の主人であるセギュル夫人がまたいつもの癇癪を起こしたのである。「あの子はただ自分の恋人の窮地を救おうとしただけじゃない!」セギュル夫人はケヴィンの言い分を無条件に信じていた。だから、悪いのはエーリックだと疑いもしていないらしい。「それなのに、どうしてケヴィンだけが罰を受けなきゃいけないの!?」実際には継承権剥奪の危機に陥っているオーウェンが一番重い罰を受けている。だが、彼の罰には執行猶予がついており、今回の件でケヴィンだけが理不尽に虐げられているようにセギュル夫人には思えた。「こんなの王妃の横暴じゃない!」我が子だけが不当に罰を受けている――それがセギュル夫人の歪んだ認識なのであった。イライラしてセギュル夫人は親指の爪を噛む。「オーウェン殿下やエーリック殿下には何のお咎めもなく、ケヴィンだけに処分を下したのは王家にセギュル家を貶める目的があるんじゃないの?」もともとエーリックは自分の婚約者を守っただけで何の咎もないし、オーウェンにしても多少横柄ではあったが罪を犯したわけでは
――ドンッ!オーウェンが怒りに任せて拳を激しく机に叩きつけた。「どうして分かってくれないんだ!」今回の裁定に対し、オーウェンは憤りを隠せない。「父上も母上も貴族主義的で人の心を理解していない!」荒れるオーウェンに気づかわしげな視線を向ける男達がいた。「落ち着いてください殿下」眼鏡を掛けた怜悧な印象を受ける青髪の美形――サイモン・ケセミカ。ケセミカ宮中伯の長男であり幼少期は神童とおだてられ育った英才である。だが、イーリヤやレーキに遅れを取り成績不振に陥った。その為、一時は家の期待に応えられないと悩み苦しんだものだ。そんな彼に人の価値は学業だけではなく、能力は学校の成績だけでは測れないと気づかせてくれたのがアイリスである。「そうだぜ、俺達は最後まで殿下の味方だ」赤髪の精悍な美丈夫であるクライン・キーノンは騎士を目指す裏表の無い真っ直ぐな少年だ。しかし、彼の強い正義感が裏目に出て騎士クラス内で孤立していた。そんな愚直な性格も素敵なのだとアイリスに誉められ立ち直れた。「ケヴィン先輩は心配だけど、まだ猶予はあるんじゃないかな」実年齢よりちょっと幼なく見える白銀の髪と赤い瞳のアルビノの少年コニール・ニルゲ。彼はオーウェンの婚約者イーリヤ・ニルゲの義弟である。彼は能力を買われて分家より養子となった。しかし、背も低く実年齢よりも幼く見える童顔のせいで侮られ、自分の容姿に強いコンプレックスを抱いていたショタ系美少年である。アイリスは容姿で差別す
「何よ、ザマァって?」聞き慣れぬ言葉にきょとんとウェルシェは首を傾げた。「近ごろ巷間で流行っている恋愛小説のテンプレでございます」「恋愛小説ぅ?」「まあ、お嬢様には無縁のものでございますね」「失礼ね。私だって年頃の娘よ!」ウェルシェの主張にカミラが疑いの目を向ける。「ですが、お嬢様は恋愛より謀略とか陰謀とかの方が好きですよね?」「大好きよ!」胸を張って答えるウェルシェに忠実な侍女はため息が漏れでた。外見は妖精姫、中身は謀略好きのおっさん。それがウェルシェである。妖精のような美姫でありながら、恋愛には一切興味のない貴族令嬢――それが残念腹黒令嬢ウェルシェ・グロラッハである。「お嬢様にも、もう少し恋愛にも興味を持って欲しいのですが」「貴族令嬢は政略結婚が基本よ。恋愛なんて必要ないじゃない」恋愛なんて飯の種にもならないわ、と真顔で言う残念なお嬢様にカミラのため息が止まらない。「私、本当にエーリック殿下が憐れでなりません」カミラの見立てではエーリックは本気でウェルシェに恋してる。だと言うのにお相手のウェルシェは言動だけの恋愛に残念な見た目詐欺令嬢なのだ。「いいでしょ、エーリック様も幸せそうなんだし」「まあ、知らない方が幸せって事もありますよね」ウェルシェの本性を知ったエーリックの絶望する顔が想像できてしまう。「それでザマァって何よ?」「今回お嬢様がセギュル様やオーウェン殿下になさったようなことです」王子様役の男を巡ってライバルの令嬢
「それでは、学園でまたお会いできるのを楽しみにしておりますわ」「あ……う、うん……また……」ウェルシェからお色気攻撃を不意打ちで食らい、エーリックがフラフラと地に足がつかない状態で帰っていく。「あらあら、エーリック様、大丈夫かしら?」その背中を見送りながらウェルシェはくすくす笑った。「あれはやり過ぎだったのではありませんか?」ウェルシェがチラリと背後を見やれば、カミラが半眼を向けていた。「ん、何の事?」だが、ウェルシェは頬に右手を添えて可愛い仕草ですっとぼける。「そんな可愛い子ぶっても私には無意味ですよ」「むぅ、カミラも可愛いの好きでしょ?」ウェルシェが口を尖らせた。そんな子供っぽい態度も愛らしく、同性であってもくらりときそうだ。「ええ、小さい頃のお嬢様はお可愛らしく、モノホンの妖精でございましたのに……」カミラはハァっとため息を吐き出して、どこで間違ったのかと嘆いた。「何よ、今だって私はカワイイでしょ。学園じゃ『妖精姫』って呼ばれてるんだから!」背中に美しい羽根が見えるって言われてるんだからと、カミラの前でウェルシェはクルリと回って見せた。拍子にふわりとスカートが舞う。その軽やかな姿はとても幻想的で絵本から美しい妖精が出てきたよう。「最近の妖精にはコウモリの羽と悪魔の尻尾が生えているとは存じ上げませんでした」だが、
「もちろん、エーリック様をお慕いしておりますわ」ウェルシェは自信満々で(のもたらしてくれる富)と副音声に入れた。嘘は言っていない。「ふふふ、今のは嘘くさぁい」「もう!」「ごめん、ごめん」プイッとウェルシェはむくれてそっぽを向く。キャロルが笑いながら謝罪すると、ウェルシェは横を向いたまま横目で彼女をチラッと見るとため息をついた。「キャロル、私
「ウェルシェは押しに弱そうなだからねぇ」キャロルの指摘にウェルシェはちょっと複雑な気分だった。擬態を解けば男共をあしらうのは訳ない。(だけど、今の私のイメージでは強く出られないしなぁ)エーリックの好みを演出する為のイメージ作りが仇となっている。それはウェルシェ自身も理解はしていた。だが、こればっかりはどうにもならない。「それにウェルシェを強引に口説こうとしている筆頭はオーウェン殿下の側近だし」「ケヴ
「お申し出は嬉しいのですが……」ウェルシェがたおやかに微笑むと目の前の貴族令息は息を飲んだ。あまりに幻想的な妖精の笑貌で、見惚れて言葉を失ったようである。「私には婚約者がおりますの。もう声をかけるのはお止めくださいませ」だが、その愛らしい口から紡がれたのは辛辣な拒絶の言葉。「ま、待ってくれ。あんな婚約者よりも俺の方がよっぽど……」「あんな?」慌てた
「お初にお目もじ仕ります」目の前の少女にエーリックは一瞬で心を奪われた。「グロラッハ侯爵の娘、ウェルシェでございます」それは一分の隙もない立礼を披露する美少女だった。まさに貴族のご令嬢といった見事な所作である。ところが、それでいてニッコリ笑うウェルシェは純真無垢そのもの。自然な笑顔は貴族令嬢とは程遠いもののようにエーリックには感じられた。——







